nakaji art

我が心と身体が捉えた美について

2015年11月

六本木ヒルズ森タワー53階の森美術館にて開催中の村上隆氏の個展「五百羅漢図展」を観てまいりました。

写真撮影が自由というのは国内の展覧会では珍しく、館内の方々で人々が好みのアングルでスマートフォンをかまえ、村上氏の作品を撮影している光景は実に新鮮でした。
本来、展覧会というのはこのように鑑賞者が肩肘張らずに自由にアートを楽しんでよい場のはずですよね。
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展示されている作品はどれも、東京芸大で日本画を専攻し、日本のアニメーションに憧憬を抱いてやまない村上氏独自の世界観を表現しつつも、その一見ポップともとれるカラフルなキャラクター達に施された塗装技術や使用素材は寸分の妥協も許さない極めて高度かつ高品質なものです。

村上隆氏を親方とする職人集団による技術を結集したアートであり、工芸品でもあるといえましょう。

そして、最後の展示室には村上氏の内面の吐露ともいえるような作品が展示されています。
その中でもnakajimaにとって以下の2点は実に印象的でした。
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まず1点目。タイトルは《欲望の炎ー金》。
芸術家といえど霞を食べて生きているわけではないですよね。
資本主義の高度に発達した現代日本社会で日々の暮らしを営むためには
お金は不可欠といってよいと思います。
さらに衣食住こと足りるだけでは満足せず、芸術家は自らの志向する美の追求のために、
鑑賞者に新たな美を提供するために作品を創ります。
少しでも良い作品を創ろうとすれば、当然お金も時間も必要です。
かつてのようなパトロンを失った現代作家にとっては作品の制作にかかる費用と時間というコストを何らかの手段を講じて捻出しなくてはなりません。

芸術とお金……これは創作に取り組む人間にとっては永遠のテーマとも言い得る問いではないかと思います。
私自身にも綺麗事では割り切れない難しい問いです。
自分の追求する美を貫いても、お金が一銭も得られなければ新たな作品を創るどころか、
生活そのものが成り立ちませんしね……うーむ。

それから、2点目、タイトルは《馬鹿》。
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遠目には表面の光沢仕上げが美しい工芸品のようですが、よく見ると、
画面の中央にはショボンとした表情の村上氏のデフォルメされた自画像が小さく描かれており、
その背景には氏自身の手によるデビューから今日に至るまで現代アートの世界で生きてきた独りの男の心情の吐露が赤裸々に綴られています。
それを読んでいくにつれ、村上氏が様々な批判に耐えながら、挫折しながらも、自らの追求する「美」というものに直向きな純粋さで取り組み続けている姿を垣間見ることができます。

戦っている人というのは一見勇ましく映りますが、その実、
結構繊細で傷つきやすい内面を隠していたりするものですよね。
実際に村上氏とお付き合いをしたわけではないので、
これは私の勝手な思い込みに過ぎないわけですが。

ご興味を抱かれた方は是非。

村上隆の「五百羅漢図展」
会場:森美術館(六本木ヒルズ森アーツセンター53階)
会期:2015年10月31日(土)〜2016年3月6日(日)
チケット 一般:1,600円 高校・大学生:1,100円 4歳〜中学生:600円

突然ですが、

私の頭の中には実は「ディオゲネス」という名のナマケモノが住んでいます。
いつから暮らし始めたのか、はっきりした日時を特定することはできません。

とにもかくにも図で示すとこんな生き物です。
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ナマケモノだけに

とにかく体を動かすことが嫌い、
食べることは嫌いではないけれど恐ろしく少食、噛んで飲み込むのを面倒くさがり、
さらに胃腸の具合も良くないために消化にやたら時間がかかり、
栄養素が体内に吸収される前に餓死しかけたことが何度となくあります。

趣味というかライフワークはとにかくひたすら寝ること

というきわめて怠惰な生き物ですが、
ときどき飼い主(?)である私ですら「ふーむ」と感心するくらい物事の核心をついた言葉を言ってのけます。

ご覧のように、なぜかネクタイとメガネがトレードマークです。
ネクタイに関しては「締める」のではなく、首から「ぶら下げる」ものと勘違いしているようです。

ディオゲネスは人語を解し、話します。
ただし、自分の気がむいたときにしか言葉を発しません。
当然のことながら出し抜けに一方的に格言めいたことをぽつりと言うだけで会話はまったく成立しません。

ということで(どういうことだ?)、私はこのナマケモノを「ディオゲネス先生」と呼んでおります。
このブログでもときどきディオゲネス先生の言葉を紹介していきたいと思っております。


最後に今日のディオゲネス先生の一言をご紹介します。

“人間は自力で空も飛べないし、深海にも潜れないから、
少ない陸地をめぐって殺し合うのかな?

ボクも森でしか生きられないけど、仲間同士で殺し合ったりはしないな。
争うのって、心も体も疲れるだけだしね。”



先日、芸大の卒業研究の取材も兼ねて太陽の塔を観るために万博記念公園へと旅に出ました。
太陽の塔とは何ぞやということは他サイトやブログに譲ることに致しまして、
本日は「美と向き合った際のnakajimaの心の動き」についてレポートしたいと思います。

新幹線に久しぶりに乗りまして(いたって出無精)、その快適さに改めて驚きました。
ひとり旅情に浸りながら森永ハイソフト・ミルク味なんぞを舐め噛みつつ(オマケの「世界遺産カード」は《白川郷の合掌造り集落》でした。しかも2箱買ってきっちりダブるとは……)、
車窓の外を流れる景色を眺めていると、列車は定刻通りに新大阪駅に到着。

新幹線を降りて御堂筋線へ続く駅の構内を進むと、すれ違う人々の関西弁が耳に新鮮でした。
「あ、そう言えば関西に来たんだよな」と今更ながら実感。新幹線で2時間程度移動しただけということもあって、自分の中では近場に出かけた感覚でいたんですね。
外国語ほどではないにせよ、周囲を行き交う老若男女の話す言葉が普段耳慣れたものと違うというのは、「遠くに来たんだ」という感覚を改めて思い起こさせてくれました。

技術の進歩は確かに生活を便利で快適にしてくれますが、
目的地に到着するまでのプロセスをも楽しむ「旅」というレジャーとしては移動に要する時間があまりに短いと頭が追い付いていけないというか、どこか味気ないというか……まあ、贅沢な悩みではあるのですが。

それはさておき、千里中央駅から大阪モノレールに乗り換えて、いざ万博記念公園へ。
モノレールに乗り込むと進行方向左手の窓にカエルのように引っ付き、鼻を押し付けて待機します。

途中、モノレールが速度を緩めながら進み、万博記念公園の樹々が彼方に見えてくると、nakajimaの胸の鼓動は急加速します。
樹々の間から太陽の光を反射して輝く「黄金の顔」がニョッキリと見えてきたからです。

今すぐ側まで走って行ってとくと眺めたい衝動で心臓がバクバクなのですが、
モノレールはもどかしいほど遅々として進みません。

ようやく駅に到着すると先を争うように(※興奮状態なのはnakajimaひとりだけであり、それ以外の乗客の皆様はいたって通常モードです。誰も先を争ってなどいません)階段を駆け上がり、改札を出ました。

そして、駅舎からのびるスロープへと駆け出た途端、それは現れました。
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「なんだ、これは!」という言葉しか浮かばない巨大さと迫力。
しばらく頭の中が真っ白のまま、nakajimaはその場に立ち尽くしました。
やがて、不思議と清々しい笑いがこみ上げてきます。

以下は公園内に入場して熱に浮かされたようにシャッターを切りまくった写真達のほんの一部です。
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万博開催当時は太陽の塔に架かっていた丹下健三設計の大屋根(右)の一部と「過去」を表す背面の黒い太陽(左)。
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黒い太陽の顔は信楽焼のタイルを敷き詰めて形成されています。
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閉園時間ぎりぎりまで太陽の塔と向き合った後はホテルへと移動しました。
万博記念公園の向かいに建つ阪急エキスポパークです。
フロントでシングル・ルーム一泊の予約をしていた旨を告げ、何気なく
「太陽の塔が見える部屋をお願いします」と告げると、
その係の男性は途端にすまなそうな表情になり、
「申し訳ございません。太陽の塔に面したお部屋はツインのみとなっておりまして、シングルのお部屋はすべてその反対側に面しているのですが……」

「あ、そ、そうなんですか……(動揺→落胆→失望)」

「……少々お待ちください」
その男性が途端に手元のパソコンを叩き始め、nakajimaの前にスッと新たな鍵を差し出しました。
「特別にツインのお部屋をご用意致しました」

「あ、ありがとうございます!」

……まあ、nakajimaの顔が憐れみを禁じ得ないほどの悲壮感に満ち満ちていたんでしょうね……。
ともあれ、言ってみるものですね。
エレベーターの中で思わずニヤニヤしてしまい、我ながら今、自分はさぞかし気持ち悪くアブナイ人に見ゆるであろうと恥ずかしくなりました。

さて、鍵を開けるのももどかしく部屋へと駆け込むと、窓の外に実物の太陽の塔が鎮座ましまし、
思わず「ふぁー」と意味のわからない歓喜の声を溜息とともに漏らしてしまいました。
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夜の闇が濃くなるにつれて、黄金の顔の2つの眼が輝きを増していきます。
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公園近くまで行って撮影。木が何とも邪魔ですが、柵を乗り越えて閉園後の公園内に侵入して写真を撮るわけにはいかないので、仕方なく外から。
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ホテルの部屋に戻り、持参した双眼鏡でライトアップされた塔を夢中で眺めていると突如の消灯。
時計を見ると23時でした。渋々ベッドに体を横たえることに。
闇の彼方で太陽の塔が両腕を広げて屹立し続けていると思うとなかなか寝付けません。

翌日は朝から大雨でした。
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早朝の青い闇の中で降りしきる雨に打たれる太陽の塔はどこか神々しく見えました。
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ようやく雨が上がり、人のいない公園内を散策しながら撮影を再開しました。
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正面がしかめっ面をして実に力強く見えるのに対して、
その背中にはどこか哀愁のようなものを感じました。
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万博から45年という月日が経過しても、太陽の塔はまさに太陽と対峙し続けています。
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最後までご覧いただき、ありがとうございました。

2015年10月28日から2016年2月28日まで、岡本太郎記念館にて、太陽の塔と対決する建築のアイデアコンペ「太陽の塔に対峙せよ!」が開催されています。
以下の写真はその展示風景です。入選者7名(組)は提案書の他に立体模型を作成し、展示しています。
この中から大賞と特別賞の各2名が選出されます。

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展示室の壁には入選には漏れたものの、優秀作として選ばれた28点の提案書が展示されています。
その中にはnakajimaの応募した提案書も含まれています。以下がその提案書です。

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鉛筆デッサンのため分かりづらくて申し訳ないのですが、以下がそのデザイン意図です。

〈宇宙創成の時より蔓延る果てしない暗黒。太陽の象徴たる塔を中心に発生する時空の歪みが惑星群を縛り、また時として各々の引力で反発・牽制し合いながら宇宙の均衡と秩序を保っている。塔はその胎内に《生命の樹》を宿しながら両腕を広げ、現在、過去、未来の顔を向けて8つの惑星達と対峙する。ミクロとマクロの2つの宇宙の対決。光と闇の衝突。それは希望と絶望のせめぎあいでもある。そのせめぎあいこそがこの宇宙の真実である。また、日本の伝統的な作庭技術である「枯山水」を石(惑星)と砂(引力圏)に応用することで宇宙を表現し、色褪せぬアヴァンギャルドの象徴たる太陽の塔と我が国の伝統美をも対決させている。〉

ご興味のある方はご覧頂けると幸いです。

岡本太郎記念館
〒107-0062 東京都港区南青山6−1−19
Tel.03-3406-0801
開館時間:10:00~18:00(最終入館17:30)
休館日:火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12/28~1/4)及び保守点検日のため
観覧料 一般¥620(¥520) 小学生¥310(¥210)※( )内は15人以上の団体料金です。
Webサイト:http://www.taro-okamoto.or.jp/

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